裏磐梯のバスフィッシング

「また7月になったら桧原湖行こう」6月に野尻湖へ行った帰り道、信州の高速道路で仲間とそんな話をした。メンバーは皆、嘗ては同じ釣具屋さんに通い、その店が引き合わせてくれたご縁で仲間になった人達である。仕事が終わるとみな釣具屋に集まり、時には真剣に釣りの話をしたり、冗談を言いあったり、笑いがメインの釣り大会をしたり、その時にそこに居なければ経験できないことが溢れていた。そして私自身もその楽しく素晴らしい時代は永遠に続くものかと思っていた。しかしある冬の日に、その店の店主がこの世を去り、その時代は終わってしまった。店主が最期に楽しんでいたのが、仲間と共に行く野尻湖と桧原湖のスモールマウスバスの釣りだったという。当時の私はシーバスやトラウトの釣りをストイックにやっていたので、何度バス釣りに誘われても一緒に行く事をしなかった。バスが嫌いなんてことは無かったのだけど、大型のトラウトやシーバスを釣る事が全てで、釣りを楽しもうという余裕が無かったというのが本音かもしれない、ベストシーズンである春~初夏に他の釣りをする気持ちになれなかった。トロフィーを獲るために、1回でも多くのチャンスを掴みたかった。それが愚かな事だったと知るのは随分後になってからだった。もう会えなくなるなら、あの時、一緒に釣りをしておけば良かったと、今は後悔している。そして最近になり故郷の埼玉に帰ってきた私を釣りに誘ってくれるのは...

絶滅危惧種 ニホンカワガキ

私と同じ昭和40年代生まれ、それ以前の世代の方で野山海で生まれ育った方であれば、きっと水遊び魚とりの経験をされていると思います。ここ最近、水辺で遊ぶ子供を見かける事が無くなり、釣竿担いで自転車に乗る少年も数年に一度見るかになってしまいました。駄菓子屋でわいわいやってる姿も無いし、路地で遊ぶ子供もいない、空き地で野球する子供を見かける事もありません。あからさまに子供同士で喧嘩をする姿もありません。代わりに増えたのがスマホやゲームに夢中になっている子供達です。水は危ないから、子供は近づいてはいけない。道路は危ないから遊んではいけません。けんかはいけません、みんな仲良く。勉強しなさい、宿題やりなさい。確かにそうです、仰るとおり。そして大人は何かを守って何かを失った事に気がつかない。子供達にはたくさん与えたと言うでしょう。より良い教育に取り組んだと言うでしょう。でも、子供に必要なのは、好奇心と実体験。私は立派な親では無いかもしれません。ただ子供は色々なものに好奇心を持つ事が一番大切だと思っています。「これ?なに?これ?」って一番子供らしい、自然な行動だと思うのです。これをしなさい。こうしてはダメには、どうして?なぜか?がつくもんだと考えています。例えば水が危ないから近づかないというのがあります、理由は川に落ちたら命を落とすかもしれないから。と言われますが、落ちたら経験があれば、溺れた経験が...

自然の脅威

7月の大雨というのは警戒する必要がある。九州、四国、西日本で豪雨による甚大な災害が出た。久留米にある自宅は浸水を免れたものの周辺の生活道路は冠水した。私はそれだけで済んでいるが、西日本全域で自宅が水没や倒壊して住む場所を失った方も、亡くなった方も、行方不明の方もたくさんいる。昨夜のニュースでは自宅のある町内の映像が流れていた。

夏の匂いと蝉時雨

ルアーフィッシングが現代ほど細かくカテゴライズされていない時代の話は私のブログで幾度となく登場する。それは遠い夏の記憶から始まる。少年時代に憧れたものは、プロ野球選手でもヒーローでも無くて大先輩にあたる方々がしていた70年代~80年代のルアーフィッシング、フライフィッシングだった。 その頃の情熱のまま変わらずに釣りを続けている。今の私が釣りをしている理由の根源は、原風景はそのころに芽生えた。たくさんの仲間に出会った。たくさんの釣り場へ出向いた。たくさんの魚を釣ったのだ。しかし、釣りに関しては、もうたくさんだ。とは成らずに済んだ。釣りをしたい気持ちはあの頃と何も変わらない。変わったとすれば、釣りを取り巻く時代と風景だろう。まだ昭和だった頃、生まれ育ったのは関東の田舎町だったから、近くには荒川や元荒川、農業用の水路や溜池があり釣りや魚取りをするのは子供なら誰でも通る遊びだった。子供からすればルアーは高価な代物。今よりもずっとルアーフィッシングの釣具は限られていて、手に入れる事が困難でこの釣りにおける本物の道具は全て海外製(舶来品)だった。国産のルアーは海外製品のコピー品や模造品も多かったし、ロッドやリールに至ってはABUやミッチェル、ガルシアやフェンウイックを容易く買える子供は居なくて、実物を見るのも、遠い都会のプロショップか、フィールドで見かける先輩アングラー達が誇らしげに...

平成の奥只見銀山湖

長く魚釣りをする事で出逢う人達がいる。 そして出逢うフィールドや魚達がいる。それらがターニングポイントになる事もしばしばだ。釣りの格言、名言に「フナに始まりフナに終わる」という言葉か存在するが、ことルアー釣りにおけるそれは「スプーンに始まりスプーンに終わる」とここに記しておこう。昭和の一大ルアーブームとなった場所のひとつに奥只見銀山湖がある。2尺、つまり60センチを越える大イワナが棲んでいる、新潟と福島の県境に位置する人造湖である。越後高田藩が銀山をこの地に開いた事が、その名の由来である。

続きの一歩

東洋式疑似餌釣研究所http://4551433.blog37.fc2.com/(FC2ブログ)を始めて10年が過ぎました。最近ではPCからのアクセスが減りスマートホンからアクセスがほとんどという時代になりましたので、これも時代の流れかということで改めてこちらでの運営をスタート致します。 古き良き時代の釣りから、現代の最新情報までを主観的に綴る事になるやも知れないという事で、以前からお読み頂いてる方もそうではない方もよろしくお願いいたします。始めに申し上げさせて頂く事があります。現在の私の魚釣りは結果、つまり釣果を求める事をその主たる目的としておりません。所謂、釣れました~やりました~!という記事は殆ど期待出来ないと思われます。伝えたい事は情景と釣師の胸の内に秘めた熱です。魚に奪われた心です。それと愛して止まない魚釣りへの想いです。まだまだ全ての魚釣りを網羅したとは言えませんが、多くの先人達から手解きを受け、学び今日に至るまで魚釣りを楽しんだつもりです。私の魚釣りは、なぜ釣るのか?どう釣るのか?何度も自問自答を繰り返して行くものです。初めからその答えなどありませんし、終わる事など無いのです。この世に産声を上げた先に魚釣りがあるのなら私はそれを伝えて行く役目があるのかと、そう信じているだけに過ぎません。この戯言に笑われるもよし、食い入るもよしです。それではまた。