始まりの季節


釣師として生まれてきた人間は、他人が素通りする様な事が気になって仕方がない性格の人種だ。

溢れるばかりの好奇心とあくなき探求心と、その方向に突き進む情熱と。

後から冷静に振り返れば、その時少し客観的に俯瞰してみれば、その異常性に気が付くのだが、渦中の本人はそれこそが真理であると疑ってやまない。


最近、釣に行く前の珈琲がやけに旨く感じて、釣帰りの温泉が思いの他、骨身に沁みて楽しく癖に成りつつある。


知らなければ気持ちに引っかかるものは何もなく、好奇心を揺すられる事も無く。生きていく事に集中して、日々を過ごしていたはずだと、思うが。


年齢を重ねる毎に、色々な部分に拘りが出てきて我が侭な自分がいる。


ただ魚を釣るだけでは終わらず、思い描いた釣り方やシチュエーションで自分の釣をしたい。

経験値が無ければきっと魚を釣るという単純な部分で釣を楽しめたはずなのに、何時しかそうではない何かを求めているという事だ。


さて、始まったばかりの渓流シーズンであるが、色々とトラブル続き。


お気に入りのロッドは破損するし、転倒して膝は打つし、何年この釣しているんだ?と首を傾げたくなる。やりたい釣と実際のフィールドが一致してない、釣がズレている、色々とリズムが悪い。

釣行を重ねることでそのズレも収束して自分の釣に収まって行くのであるが・・・

それでも時折、野性味のあるヤマメが釣れてくれるから、この釣を続けて行く事ができる。

そんな時は気分を変える為にあれこれと試行錯誤を繰り返してみる。

最近、長年愛用していたベストを変えてみた、釣の腕が良くなるわけでも、肩こりが軽くなるわけでも無いのだが、気分が良くなる。


ルアー用にはシムスのマスターベストとガイドベストを愛用していたが、ここ十年異常に人気が出て誰でも着ているので少し嫌気がさして、フライベストとして好きなフォックスファイヤーに変えた。

フォックスファイヤーとしては、4着目のベストになる、私がこの釣を始めた30年前には存在していて日本人の為の設計であると信じている。


タックルに関して、ロッドやリールを新しくする気はないので、使い慣れたそれぞれの時代のものを交互に使っている。

それと自作のフックもまた巻き始めた。

色々と試しては変えて、今は小型の太軸のチヌ針系統を使う事が多い。

人からは何号くらいを?とよく聞かれるが、実は号数等はさほど気にしていない。


好きなもの、好きな空、好きな水辺。

そこに身を置く事の素晴らしさ。

その世界を一度知ってしまったから、もう知らなかった時代には戻れない。

釣に夢中になっているときは、文章など思い浮かばない。

抑圧の中に居れば幾らでも湧いてくる。

釣も釣れている時は、新しい釣は生まれない。

釣れない時こそ、その試行錯誤の先にこそ更なる釣の世界が広がってるいるものである。

この春は色々な意味で新しい世界を知る事となった。

何度も言うけど、テクニックとかルアーがどうとかどうでも良い。

求めていた世界の欠片が九州にも存在している事実を知った。

本流の流れでスプーンを操る楽しさ、淵の底を這わすようにミノーを送り込む楽しさ。

そして時折、答えてくれる魚達、それさえあれば釣れない釣も続けて行く事も。

無駄な積み重ねも受け入れる事が出来る。

やっと自分らしい釣が出来始めたという楽しいところを噛み締めている。

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東洋式疑似餌釣研究所

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